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価値観の複雑化

インターネットの登場により一人一人が持つ価値観が揺らいで居るのではないかという疑問がある。
例えば、インターネットで一つ映画のタイトルで検索してみれば沢山のレビューが出てきて、そこではそれぞれの人が自分の思ったことを書いている。

それを読んだ人はその人の価値観を知ることとなるが、自分がまだ自分自身でその価値を考える前に人の価値観を見てしまうと、自分自身がこれから生み出す価値観に影響を与えてしまう。

はじめに自分で価値観を持ってから複数の価値観が存在するということを知るので有れば良い事だが、複数の価値観が有ると言うことを知った上で自分の価値観を生み出すという逆の流れでは自分自身の気持ちが訳のわからないものになってしまう。自己アイデンティティが確立する前は非常に揺らぎやすい。

また、映画のレビューにおいても人の価値観をその人の押しつけだと感じる事がある。それに対して自分が別の価値観を持っているとすると、自分の価値観を相手に伝えたくなる。そこで発生しているのが、アイデンティティの露出ではないか。
また、同時に自分の価値観とは違った価値観を他の人から伝えられたときには、「自分は誰かから評価されている」、「生きている手応え」、「生きがい」を感じる事が出来るのではないだろうか。

だから人は映画のレビューを行い、「自分と波長の合う」読者の反応を求める。しかし、より反応を強く求める余り、しばしば煽りや過剰な意見を放つ。そういったことを含めてその人にしてみれば大切な自己存在確認をする場所なのである。

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