大学の学部が発行する雑誌に掲載された原稿を転載する。以下本文。
国家が成立するための3条件は土地、人間、主権であるとされることが多い。これをインターネット上を全世界、Googleを国として考えると次のようになる。土地=サービス、人間=ユーザー、主権=Google。今回は最もインターネット上で影響力のあるGoogleがサイバー国家成立を考えた時の将来像を考えてみたい。
現在、Googleは人が「今何を知りたいのか」というとても貴重な情報を得ることが出来る。この「問い」という情報の対価として検索結果で「答え」を無料で返し、その人間の後の行動に影響を与えている。人は自分で思いついて行動しているように感じるが、実際は行動させられている。つまりGoogleが人類の脳を掌握し、行動させているのと同義なのだ。そう、すでに主権は既にGoogleにある。ただサービスという”土地”は十分あるのだが、利用するユーザーはせっかちであるため、改善が求められる。
では、今後のGoogleはどのような夢を描くか。私は、大きな目標として「世界を動かすのに必要となるシステムをすべて自社で開発すること」を目標とするように思える。この仮定を踏まえると、Google銀行やGoogleマネーなどの金融産業や、Google市場やGoogleマーケットプレイスなどの商品販売、つまり「Google経済圏」の構築が考えられる。人々が生活する上で絶対に必要な「検索」を提供するGoogleは、既存の生活必需ツールをサイバー上へ、競合他社の追随を許さない完成度の高い形で提供し始めるのではないか。たとえば今、Googleはソーシャルとモバイルに力を入れていて、スタートは遅れたが自社でSNSを作ろうとしていると言われている。SNSもまた現代人の生活必需ツールであり、人は大きな時間をそこで消費している。
Googleは何か検索したい人間を素早く目的の他サイトに飛ばすかに尽力した結果、せっかちなユーザーを多く抱える事になった。一方で目的を持たないユーザー達には自サイトで時間を消費してほしいと考えているはずだ。この明確な目的を持たずにユーザーに時間を使わせるサービスの成功の暁にはGoogleは非常に良い”土地”を得ることになる。こうした時間を持て余したユーザーは消費への影響を与えやすい良い”国民”であるからだ。つまり今後Googleは非常に大きな”土地”を求め、そこへ経済圏を築き人を集め、そこで必要になるシステムの開発を行うというのが夢の構想ではないか。これがかなえばサイバー国家として立国したといっても過言ではないだろう。果たしてGoogleがCompanyからCountryになる日は来るのだろうか。

以前、GoogleStoreで買い物をした記事を書いたが、そのときよりもGoogle Storeの品揃えが良くなったので、新たに買い物をしてみることにした。参考→Google Storeで買い物をしてみる試み。 | kurox-くろっくす-
Youtube関連のTシャツやAndroidのシールなどが真新しく、個人的にはGoogleロゴ入りのサッカーボールなんかも気に入った。なので例によって、カートに欲しいだけ詰め込んで決済を行ったのだった。前回のミスはJavaScriptを有効にしていなかったことに起因するクレジットカード決済の実行不可によって発生したが、今回もまたクレジットカードの問題で購入できなかった。今回はその対策をメモする。
今回の問題は、決済後数時間で、クレジットカード決済が払い戻された(Refund)というものだ。
当初は、イーバンクから楽天銀行に名前が変わったことによるのかと思っていたが、よく調べてみると、IPアドレスとカントリーコードが一致していない事によるものであることが分かった。つまり、品物の発送先住所がIPアドレスのカントリーレンジから大きく外れてしまっていたのだ。
今回注文、決済したのはマレーシア。発送先に指定していたのは勿論日本だ。
日本にいる友人に代理で注文して貰ったところ、うまく決済が完了したところをみるとこれで間違いないようだ。海外から注文して発送する場合は注意が必要かもしれない。(おそらく払い戻しの手数料は発生しないと思うが。)
ユーザーはコンテンツになりうる知識を持っている。しかしながら、実際にコンテンツとして用意する段階で躓く事が多そうに思う。その為、訓練を受けた編集者を雇い、コンテンツを作ることになるから、膨大なコストがかかってしまう。
コンテンツをユーザーが作るときに必要な物とは、知恵の他にツールが上げられるだろう。生産するプロセスをより加速化すればするだけコンテンツを作成する人も増えるし、それに伴いコンテンツ自体も増える。
そんな中、Eラーニングのコンテンツ開発様のソフトウェアもあるのを発見した。

E-Learning Software and Authoring Tools | Articulate Rapid eLearning
製品がいくつかに分けられているが、多くはFlashでコンテンツ作成を行うようだ。概観はWindows Officeシリーズと同じだ。
・Articulate Presenter ’09
PowerPointをパワーアップしたプレゼンテーション作成支援ツール。アノテーションの追加と音声編集機能も備える。
・Articulate Quizmaker ’09
こちらはクイズ作成に特化した支援ツール。T or F問題や選択問題などの基本テンプレートなどがあるようだ。リアルタイム編集が可能。
Articulate Engage ’09
フラッシュで作る動的なコンテンツに向いている。ユーザーが触って、コンテンツが動く。そんな事を可能にする。
Articulate Video Encoder ’09
これは上記の3つの製品に挿入する為の動画変換を支援する物。なんとなくAdobeの商売の仕方を思い出してしまう。
こうしたツールが無料化され、方向性をつかんだ群衆が手にしたとき、コンテンツは爆発的に増える気がする。
無料化される条件として、前提条件になるのが、無料で公開した後に企業側にそれ以上の利益をもたらすかという問題だ。
正直、今の状態では無料公開するすべはないだろう。リターンを得る場所が存在していない。
リターンを得る場所を作ることはできるだろうか。
全世界共通で不変な事というのは常に世界が変化するという事だ。
こんな事を言ってもどうにもならないと考える人も居るかもしれないが、これって今のインターネットに代入したときに、大きな意味を持ってくる気がする。
法整備は進まない。議論している課程で議論していた内容が覆されたり状況が変わってしまうのだからしょうがない。
ダウンロード文化の浸透。すべてのデジタルコンテンツは無料で入手できるようになったと考える若者内で広まる心。ただ、その心も変わりつつある。いつでもダウンロードできると考えることで無差別的なダウンロードをしなくなっている。いわばクラウドを自分の安全なHDDと考えている。
無料というビジネスモデルの破壊。Googleが好んで打ち出すコンテンツ無料という概念。無料で提供されてしまった商品が乗っかっている分野ではGoogleに対抗する唯一の手段が無料サービスに追随することになってしまった。コンテンツ自体ではなく広告から収益を上げる事に成功している事を考えれば、いわばGoogleの独壇場だ。ただ、この構図ももしかしたら政府の力によって崩されるかもしれない。今年のアメリカ政府に注目してみると良い。

by Yodel Anecdotal
この素晴らしき世界: Googleはどこまでオフラインに対応するのか?という記事を読んで反射ポストをしてみる。
Wataru氏はGoogle Gearsによって推し進められているオフライン化に注目して、今後のオフライン化はどのような方向性で進むのか考察している。
Google SiteのGears対応については同感だ。WordPress等では既に使えるレベルまできているので、Google Siteでも利用可能にするのは難しいことではない。 (( ちなみに、Google Readerがオフライン化されるのではないかとも提案しているが、これは既にGearsによって実現されている。 ))
しかし、Bloggerのオフライン化というのには疑問を持った。
ブログを書くのにはネタを集め記事を書き構成したりと、多くの時間を要する。その作業をオフラインでするとどこでも記事が書けるようになるというわけだ。
とある。つまり、Bloggerネットワーク全体のブログをキャッシュ化することでオフライン環境を作り、ネタを集める事(つまりはネットサーフィン)を可能にしようという壮大な考えなのだろう…
確かにどこでも記事が書けるようになるが、他のサービスが自分のみがコンテンツを追加するのにたいして、Bloggerネットーワークでは他のユーザーも居る。キャッシュの量は膨大になるだろうし、情報は常に変わるので結局、毎日Bloggerネットーワークと同期を取らないと情報が使い物にならない気がする。
僕はむしろGoogleはオフライン化を推し進めているというよりは、オンライン化を推し進めているような気がしてならない。つまり、すべての場所からWifiなどでネットワークにアクセス可能にしようとしているのではないかということだ。
オフライン化に一部手を出しているのは、インフラ的な意味でオンライン化が間に合わないので、暫定的に疑似オンライン環境を作ってあげているのだけなのだ。
本当にネット環境が整えば 、PCの内部にHDDなんていらない。現行のネットブックが打ち出す、「モバイルノート+イーモバイル+オンラインクラウド」で十分すぎるのだ。
いったんユーザーをオンライン環境に持ってこれれば、Googleの勝ちだ。ほとんどどこへ行ってもGoogleが追っかけてくるだろう。

以前、Twitterを使いこなす | kuroxという記事を投稿したりしてからTwitterを使うようになったのだけれども、そこに投稿した自分のポストへの返答からコミュニケーションが生まれてくる。
一概に、みんなフットワークが軽く、積極的な人が多いので どんどんと話は進み、実際にjubeatを一緒にプレイしたりしました。 (参考:今日の戦歴5 | kurox )
やっぱり、ネットワーク上で話をしていて、相手の事やその人の人間性とか難しいこととかも知っているつもりでもやっぱり良い意味でも悪い意味でも「ドコカ欠落してしまう情報」というのがあるもので、実際に会うとそれを感じることができました。
実は自分でも気がついていなかったことで、「Twitterで知り合っても一度mixiに持ち込んでから」という法則があるようで、基本的にオフで会う人は一度mixiを経由しています。
仕事の依頼もmixi経由で来たこともあったので 、自分の生活の中でのmixiの占める割合というか影響力というかはかなり大きく強いのではないだろうかと思います。
ネットを使うようになってコミュニケーション能力が失われつつある、とか薄くなっているとか言うことを言う人は居るけれども大きく手を広げ過ぎなければそういうこともないだろうし、本当に密に接していたいと思う人との時間も失われることはないのではないかと思った。

自分の名前や思いついた名前でドメインを取ろうとしたときに、真っ先にほしいのは「.com」ドメインだろう。
最もネットに浸透しているTLD(トップレベルドメイン)だし、どこの企業もこのドメインをほしがる。
しかしながら、この「.com」ドメインは1985年から登録が開始されているので、もはやメジャーな名前で登録することは難しい。
そこで企業では自社の名前を使っているドメインを高額な値段で買い取ったり、商標権的な理由から取り上げたりといった行動を取るわけだけども、これからもそのような動きは続くのだろうか。
個人的に、将来はTDLはほとんど識別するときの対象にならない存在になるのではないかなぁと思ってる。
一昔前はURLを覚えてもらって家でパソコンにアドレスを手入力するという方法がとられていたが、今はそんな事をする人は少ない。TVのCMですら、この「キーワード」で検索してくださいという宣伝をするのだから、検索結果にどれだけ影響を及ぼすことが出来るのか、上位を占めることが出来るのかというのが問題になってくるのではないだろうか。
その検索結果の上位表示を目指すため、SEOの観点からドメインを取得するというのは新しい考え方になるのではないだろうか。
インターネットの登場により一人一人が持つ価値観が揺らいで居るのではないかという疑問がある。
例えば、インターネットで一つ映画のタイトルで検索してみれば沢山のレビューが出てきて、そこではそれぞれの人が自分の思ったことを書いている。
それを読んだ人はその人の価値観を知ることとなるが、自分がまだ自分自身でその価値を考える前に人の価値観を見てしまうと、自分自身がこれから生み出す価値観に影響を与えてしまう。
はじめに自分で価値観を持ってから複数の価値観が存在するということを知るので有れば良い事だが、複数の価値観が有ると言うことを知った上で自分の価値観を生み出すという逆の流れでは自分自身の気持ちが訳のわからないものになってしまう。自己アイデンティティが確立する前は非常に揺らぎやすい。
また、映画のレビューにおいても人の価値観をその人の押しつけだと感じる事がある。それに対して自分が別の価値観を持っているとすると、自分の価値観を相手に伝えたくなる。そこで発生しているのが、アイデンティティの露出ではないか。
また、同時に自分の価値観とは違った価値観を他の人から伝えられたときには、「自分は誰かから評価されている」、「生きている手応え」、「生きがい」を感じる事が出来るのではないだろうか。
だから人は映画のレビューを行い、「自分と波長の合う」読者の反応を求める。しかし、より反応を強く求める余り、しばしば煽りや過剰な意見を放つ。そういったことを含めてその人にしてみれば大切な自己存在確認をする場所なのである。
【お支払いの前にお読みください】
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■イーバンク銀行では、毎日午後11時55分から午前0時5分までの10分間、メンテナンスのため、サービスをご利用いただけません。あらかじめご了承ください。
■イーバンク銀行では、毎月第2月曜日午前2時から午前7時まで、メンテナンスのため、サービスをご利用いただけません。あらかじめご了承ください。
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Amazonの支払いをしようと思ったらイーバンクがまさかのメンテナンス中。
午後11時55分から午前0時5分までの10分間に引っかかってしまったようです。
金利とかつけなくて良いから手数料とかを無料にしてくれよ。
前編の続きで、リアリティ(現実世界)とインターネット(仮想世界)におけるアイデンティティを考察してみる。
先に言った2つの例を見てもらえばわかるように、10年前の世代と今の僕たちの世代を比べると、確実にアイデンティティを確立する場面は増えている。インターネットの発達のおかげで今は誰でも自由に自分の意見を発表する場所を提供されている。 多くの顔を同時に複数の場所で持つことが可能になったのだ。
うまく使いこなせればアイデンティティの確立に一役買う事になるのだ。
失敗すると今までの時代以上にダメージを受けることにもなり得るが。。。
インターネットとリアリティの2つの世界で同時に2つ以上のアイデンティティを確立することが出来る。完全ではないものの、それぞれがある程度独立しているといえるからである。
インターネット上では人種や性別、学歴などを無視した実力主義であり、どんなニッチな分野においてでも行動を起こせば正当に評価を得られる。リアリティでは限界のある人との接点の数がインターネットにおいては無視することが可能で、莫大な人数を同時に接点を持つことが可能になっている。これがインターネット上でのアイデンティティの確立につながるのだ。
2つ以上のアイデンティティの確立が完全では無いと言ったのは、それぞれの世界で体験した経験は結果的には一つに統合され、リアリティの自分へと還元されるからで、それが新たにインターネット上での活動やリアリティでの活動に影響を与え、さらにリアリティにおけるアイデンティティの確立をも強め続ける要因となるからだ。
しかし、同時に問題も抱えているといえる。インターネット上ではアカウントを作成することで、複数の人間を名乗ることが簡単であり、別人として振る舞うことが可能であるからだ。
その為何も考えず、むやみにアカウントを作成していくと、どれが本物の自分なのかということを見失ってしまう。
社会心理学者のケネス・ジャーゲンの影響を受けたある人はアイデンティティを「いくつもの性格の混成」と表現している。これはまさにインターネットにおけるアイデンティティにあたるといえよう。
自分のアイデンティティは一つではなく複数あるアカウントすべてを統合した物であるというと言い換えられる。元の人間は一つであるからだ。
近年問題になっているインターネット上のいじめがリアリティにおける自殺へと導くのはインターネット上での自分のアイデンティティが崩壊したことでリアリティにおけるアイデンティティに影響を及ぼし不安定になったと言うことであり、インターネットが現れたことでアイデンティティの扱いがより難解になってきたともいえる。冒頭で言った様に、うまく使いこなせれば良いが、失敗すると今までの時代では想像できなかった様な崩壊が待ち受けているのだ。
アイデンティティの形態はここ数十年で大幅に揺れ動いているといえる。
多くの顔が一つの人を形成し、今まで以上にアイデンティティを確立する場面は増えている。この行為が果たして良い事なのかという事は誰にもわからない。飛行機も空を飛べるようになるまでに数々の犠牲が生まれ、問題点を時間をかけて修正してきた。
インターネットにおいてはの犠牲者というのが未だわからない。最初から完成品はできないだろう。問題の解決には時間がかかるはずだ。インターネットとリアリティの現段階のメリットデメリットの両面を考えられたと思いたい。