卒アル
1月29日のお昼、インドのコルカタへ行く経由地であるタイのスワンナプーム空港にあるバーガーキングでポテトを食べながら書き始める。これから、3週間一人でインドやらタイやら行くのだが、どうなるのやらという不安が半分、どうにかなるだろうという楽観が半分だ。実はタイからインドへ発つ飛行機の乗り換えまで5時間もあるので、超ヒマ。そもそもタイに行くまでに7時間かかっているので、暇つぶすモノも無くなった。しょうがないから書くか。うーん、ポテトにチリソースをつけるのは良いアイデアだ。甘辛くておいしい。
思えば小学生時代からこの根拠のない楽観視というのは常に心の根底にあった。いっくんやにいざとともちろん入れるものだろうと思い入った武蔵でさらに根拠無く楽観視できるようになった(こすげは今どこへ…)。まぁ根拠のないソレは良く言った場合であって、一般的に言わせればテキトー、雑、どうしようもない奴なのだろう。確かに数え切れないくらいの授業に遅刻し、金曜日を定休日にして自称週休2日制にしてみたり、それに加えて成績不振で進級ギリギリだったりしたが、結局は卒業できたし今のところなんとかなってる。何とかなるよと言いつつ、あまりに遅刻するので寺沢に心配され、俺の家に朝起こしに来たり、それでも起きずに殴られたりしたが、やはり言ったとおりなんとかなるのだ。人生なめてると言われればそうなのかもしれないが、毎日学校に行くだの、朝起きるだのそんなのはどうでもよい事(俺は重要な事として位置づけてない)であって、そんなの人生味わってなめきれてない。チリソースが無くなったので、他の事書こうかな。
入学当初たしか小林が後ろの席に座っていたのだけども、彼のノートによろしく!とイタズラ書きをし、次の日に机にこちらこそ!と書いてあったを今でも覚えている。嬉しくて次の日からバコと命名して、今でもそう呼ぶことがある。真面目な人を見るとどうしてもいじってみたくなるのだ。高橋総一郎に出会ったときも同じ感覚を覚えたので早速じゃんがと名付けてみた。当時、アンガールズというお笑いユニットがじゃんがじゃんが~というギャグをやっていたことも相成り、周囲にも脅威の定着率であった。そういえば、中浜にもペンソーと付けた。これは関本まちこ先生が英語の授業中「なかはまーずぺんそーけーす」と言ったときのペンソーケースを縮めたものだ。そうそう、じゃんがは福田元校長のやかましー!が じゃあかばしー! になり、しばらくジャカバシになり、その後ジャガバ、ジャガ(ひとつ上の代はそう呼ぶ)と派生していったんだっけ。
個人的にベストヒットだったのが山下に付けた、やましいチキン(山シーチキンも可)である。山下の持つ、やましさとチキンが美しい響きだ。伊東(彼は岡田にレディースという名前をもらった)が彼と仲が悪くなった時期があったので齧歯類(げっしるい)と呼んでいた事もあったが、現在は山下に戻ってしまった。どうも呼ぶ度にこちらが申し訳なさを感じてしまうあたりが原因だったのでは無いだろうか。てか、ドリンクでかいな。1リットルくらいありそうだ。
申し訳なさを感じて使わなくなったモノは他にもあって、桜井につけた変な生き物というあだ名は比較的すぐに使わなくなった。桜井が大学図書館から借りた変な生き物図鑑という本がリュック一杯に詰まっていた事と桜井自身の不思議な生態系のミステリーに起因するが、この名前で呼ぶ度に彼が悲しげな顔をするので、どうしても使いにくいのだ。
さて、食べ終わったしひとまずやめるか………………
今、約2週間インド旅行を終えて、現在タイのバンコクへ向かう飛行機をロビーで日本のモスキートより巨大なソレと格闘しながら待っている。インドで見た光景をおおざっぱな一言で表すなら、「戦争でふるぼっこにした国とふるぼっこにされた国の共存」だ。あまり寺などの名所には興味なく(でも一応見た)、将来は教育関連で行こうと思っているので、いろいろな種類の学校を見たけど期待していたようなIT教育や高度な数学教育などはなかった。う、なんか刺されたところが痛いんだけど病気とか大丈夫かな。よくインド人はみんな数学すごくて、IT大国というストーリーが語られるが、そんなモノは本当に一部の子供だけが受けた教育のサクセスストーリーであって、99%の子供はそんな道は歩めない。そもそも少し都心を離れれば道が舗装されておらず、電気すら通ってなかったりするのだから。そういうのを見てきた今は、武蔵に通えたことが全世界的に見たときに如何にありがたいことだったのかということを思う。てか、フライトが1:55AM-5:55AMとか、マジキチだろ。超眠いじゃねーかよなう。出来事系を書こうかな。
良く覚えてる出来事として、佐久間と一緒に新宿Z会前のマックで英語の予習という名のgdgdがある。窓の外の新宿ルミネの交差点を見て、どうして人がとぎれないんだろう、しかもそれぞれの人が違う目的を持ってここを通過していくんだよ?すごくね?という話を興奮気味にしたんだけど、軽くあしらわれて涙目だった…ここでもう一度言うけど、すごくね?吉井はかなりの内弁慶で、彼の家に遊びに行ったときなんか、俺の半径2メートル以上離れたらエアガンぶっ放してぶっ殺すと脅された。これは単なる比喩ではなく、実際に殺されかけた事がある。ある日の平和な教室に俺と吉井と伊東が居た。暇をもてあました俺と伊東は吉井のバッグに南京錠をかけるなどという、幼いちょっかいを出す。高2なのは秘密。だんだんと吉井の怒りのボルテージが上がっていくのがわかる。そして何かの拍子で吉井ママの愛妻(愛母?)弁当を床にひっくり返してしまった瞬間に針が振り切った。当時の武蔵のいすは鉄製で、劣化すると鉄の棒が生成される。その鉄の棒を手に取り、俺に向かって振り下ろし、俺の事をぐちゃぐちゃになるまで殴られた。…ら大変なので、手に取ったのを見た瞬間に逃げた。が、怒りは収まらず、彼の手から鉄の棒が俺に向かって放たれた。とっさに近くにあった掃除用具入れの扉を開きその影に隠れると、それにぶつかり、跳ね返る。まさに危機一髪。殺人未遂の現場となった。本当に殺されるところだったのだ。ちなみに、これには続きがあり、扉にぶつかった鉄の棒は伊東の顔面をかすめていた。一石二鳥とはこのことで…ないのかな。一投2殺。
さて、今は日本に帰国して卒アル書いてるわけだけど、文章がまとまらないのでウェブに投げることにした。覚えておきたいことは全部メモっておこう。
河合はすごいよ。何がすごいってまず見た目が髪の毛が女の子みたいに長い。あと、上着にPSPとネットブック(2009年度がラップトップの過渡期だと思う)が入ってるんだよ。バッテリーやメモリの類もオールインワン。その姿はまさに戦場に赴く戦士のよう。女の子の声も出せたり…ってあまり特徴を言い過ぎると暴露大会になっちゃうかもしれないね。とにかく、プログラミングで詰まったら、彼に問い合わせる事にする。
早坂は川端の小さい頃にそっくりなんだよ。いや、知らないけど。先生っぽくて、彼のおかげで卒業できたような感じ。中間0の化学をヘルプしてくれた意味で。弟の家庭教師を頼もうかと思ってるくらい。マルチプレイヤーで要領よくこなす感じに見える。ちなみに今までの人生で一番性格が良い人間だと思った。
片山は、最近まっこまことか言い始めた感じがあるけど、実は前からお堅い鉄でしっかりしてる。見た目に反して(持っているイメージが暗かった)明るく、場が明るくなる気がする。笑った顔が好き。
実は、中学の頃の記憶がほとんど無い。なんでだろ。そうそう、西崎とは席が近くなったのが最後、高校の最後までなんだかんだでって…そうか、席が近い人と友達になれる法則なのかな。なんだかんだで変なことやった気がする。いや伊東とかともペプシ炊飯とか臭豆腐とかやったんだけど、西崎とはクラッカーいじってたら授業中に炸裂してしまったり、体育祭の時に民文に止まったりと…記憶が本当に無いけど、昔はたこ焼きマントマンと呼んでいた気がする。てか、なんでそう呼んでいたのかすら忘れたけど。
今日は卒業式の日だ。めちゃめちゃにまとまってない文章になっている訳なんだけどもそのうちまとめる。思い出し次第追加していってまとめる。一つの文章にする予定。とりあえず時期が来たから公開。










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