覚えている限りでACの面接を書き出してみた
この記事は2009年10月9日にかかれていた下書きである。
続きを読む…
1月29日のお昼、インドのコルカタへ行く経由地であるタイのスワンナプーム空港にあるバーガーキングでポテトを食べながら書き始める。これから、3週間一人でインドやらタイやら行くのだが、どうなるのやらという不安が半分、どうにかなるだろうという楽観が半分だ。実はタイからインドへ発つ飛行機の乗り換えまで5時間もあるので、超ヒマ。そもそもタイに行くまでに7時間かかっているので、暇つぶすモノも無くなった。しょうがないから書くか。うーん、ポテトにチリソースをつけるのは良いアイデアだ。甘辛くておいしい。
思えば小学生時代からこの根拠のない楽観視というのは常に心の根底にあった。いっくんやにいざとともちろん入れるものだろうと思い入った武蔵でさらに根拠無く楽観視できるようになった(こすげは今どこへ…)。まぁ根拠のないソレは良く言った場合であって、一般的に言わせればテキトー、雑、どうしようもない奴なのだろう。確かに数え切れないくらいの授業に遅刻し、金曜日を定休日にして自称週休2日制にしてみたり、それに加えて成績不振で進級ギリギリだったりしたが、結局は卒業できたし今のところなんとかなってる。何とかなるよと言いつつ、あまりに遅刻するので寺沢に心配され、俺の家に朝起こしに来たり、それでも起きずに殴られたりしたが、やはり言ったとおりなんとかなるのだ。人生なめてると言われればそうなのかもしれないが、毎日学校に行くだの、朝起きるだのそんなのはどうでもよい事(俺は重要な事として位置づけてない)であって、そんなの人生味わってなめきれてない。チリソースが無くなったので、他の事書こうかな。
入学当初たしか小林が後ろの席に座っていたのだけども、彼のノートによろしく!とイタズラ書きをし、次の日に机にこちらこそ!と書いてあったを今でも覚えている。嬉しくて次の日からバコと命名して、今でもそう呼ぶことがある。真面目な人を見るとどうしてもいじってみたくなるのだ。高橋総一郎に出会ったときも同じ感覚を覚えたので早速じゃんがと名付けてみた。当時、アンガールズというお笑いユニットがじゃんがじゃんが~というギャグをやっていたことも相成り、周囲にも脅威の定着率であった。そういえば、中浜にもペンソーと付けた。これは関本まちこ先生が英語の授業中「なかはまーずぺんそーけーす」と言ったときのペンソーケースを縮めたものだ。そうそう、じゃんがは福田元校長のやかましー!が じゃあかばしー! になり、しばらくジャカバシになり、その後ジャガバ、ジャガ(ひとつ上の代はそう呼ぶ)と派生していったんだっけ。
個人的にベストヒットだったのが山下に付けた、やましいチキン(山シーチキンも可)である。山下の持つ、やましさとチキンが美しい響きだ。伊東(彼は岡田にレディースという名前をもらった)が彼と仲が悪くなった時期があったので齧歯類(げっしるい)と呼んでいた事もあったが、現在は山下に戻ってしまった。どうも呼ぶ度にこちらが申し訳なさを感じてしまうあたりが原因だったのでは無いだろうか。てか、ドリンクでかいな。1リットルくらいありそうだ。
申し訳なさを感じて使わなくなったモノは他にもあって、桜井につけた変な生き物というあだ名は比較的すぐに使わなくなった。桜井が大学図書館から借りた変な生き物図鑑という本がリュック一杯に詰まっていた事と桜井自身の不思議な生態系のミステリーに起因するが、この名前で呼ぶ度に彼が悲しげな顔をするので、どうしても使いにくいのだ。
さて、食べ終わったしひとまずやめるか………………
今、約2週間インド旅行を終えて、現在タイのバンコクへ向かう飛行機をロビーで日本のモスキートより巨大なソレと格闘しながら待っている。インドで見た光景をおおざっぱな一言で表すなら、「戦争でふるぼっこにした国とふるぼっこにされた国の共存」だ。あまり寺などの名所には興味なく(でも一応見た)、将来は教育関連で行こうと思っているので、いろいろな種類の学校を見たけど期待していたようなIT教育や高度な数学教育などはなかった。う、なんか刺されたところが痛いんだけど病気とか大丈夫かな。よくインド人はみんな数学すごくて、IT大国というストーリーが語られるが、そんなモノは本当に一部の子供だけが受けた教育のサクセスストーリーであって、99%の子供はそんな道は歩めない。そもそも少し都心を離れれば道が舗装されておらず、電気すら通ってなかったりするのだから。そういうのを見てきた今は、武蔵に通えたことが全世界的に見たときに如何にありがたいことだったのかということを思う。てか、フライトが1:55AM-5:55AMとか、マジキチだろ。超眠いじゃねーかよなう。出来事系を書こうかな。
良く覚えてる出来事として、佐久間と一緒に新宿Z会前のマックで英語の予習という名のgdgdがある。窓の外の新宿ルミネの交差点を見て、どうして人がとぎれないんだろう、しかもそれぞれの人が違う目的を持ってここを通過していくんだよ?すごくね?という話を興奮気味にしたんだけど、軽くあしらわれて涙目だった…ここでもう一度言うけど、すごくね?吉井はかなりの内弁慶で、彼の家に遊びに行ったときなんか、俺の半径2メートル以上離れたらエアガンぶっ放してぶっ殺すと脅された。これは単なる比喩ではなく、実際に殺されかけた事がある。ある日の平和な教室に俺と吉井と伊東が居た。暇をもてあました俺と伊東は吉井のバッグに南京錠をかけるなどという、幼いちょっかいを出す。高2なのは秘密。だんだんと吉井の怒りのボルテージが上がっていくのがわかる。そして何かの拍子で吉井ママの愛妻(愛母?)弁当を床にひっくり返してしまった瞬間に針が振り切った。当時の武蔵のいすは鉄製で、劣化すると鉄の棒が生成される。その鉄の棒を手に取り、俺に向かって振り下ろし、俺の事をぐちゃぐちゃになるまで殴られた。…ら大変なので、手に取ったのを見た瞬間に逃げた。が、怒りは収まらず、彼の手から鉄の棒が俺に向かって放たれた。とっさに近くにあった掃除用具入れの扉を開きその影に隠れると、それにぶつかり、跳ね返る。まさに危機一髪。殺人未遂の現場となった。本当に殺されるところだったのだ。ちなみに、これには続きがあり、扉にぶつかった鉄の棒は伊東の顔面をかすめていた。一石二鳥とはこのことで…ないのかな。一投2殺。
さて、今は日本に帰国して卒アル書いてるわけだけど、文章がまとまらないのでウェブに投げることにした。覚えておきたいことは全部メモっておこう。
河合はすごいよ。何がすごいってまず見た目が髪の毛が女の子みたいに長い。あと、上着にPSPとネットブック(2009年度がラップトップの過渡期だと思う)が入ってるんだよ。バッテリーやメモリの類もオールインワン。その姿はまさに戦場に赴く戦士のよう。女の子の声も出せたり…ってあまり特徴を言い過ぎると暴露大会になっちゃうかもしれないね。とにかく、プログラミングで詰まったら、彼に問い合わせる事にする。
早坂は川端の小さい頃にそっくりなんだよ。いや、知らないけど。先生っぽくて、彼のおかげで卒業できたような感じ。中間0の化学をヘルプしてくれた意味で。弟の家庭教師を頼もうかと思ってるくらい。マルチプレイヤーで要領よくこなす感じに見える。ちなみに今までの人生で一番性格が良い人間だと思った。
片山は、最近まっこまことか言い始めた感じがあるけど、実は前からお堅い鉄でしっかりしてる。見た目に反して(持っているイメージが暗かった)明るく、場が明るくなる気がする。笑った顔が好き。
実は、中学の頃の記憶がほとんど無い。なんでだろ。そうそう、西崎とは席が近くなったのが最後、高校の最後までなんだかんだでって…そうか、席が近い人と友達になれる法則なのかな。なんだかんだで変なことやった気がする。いや伊東とかともペプシ炊飯とか臭豆腐とかやったんだけど、西崎とはクラッカーいじってたら授業中に炸裂してしまったり、体育祭の時に民文に止まったりと…記憶が本当に無いけど、昔はたこ焼きマントマンと呼んでいた気がする。てか、なんでそう呼んでいたのかすら忘れたけど。
今日は卒業式の日だ。めちゃめちゃにまとまってない文章になっている訳なんだけどもそのうちまとめる。思い出し次第追加していってまとめる。一つの文章にする予定。とりあえず時期が来たから公開。
ウェブ媒体を新規に立ち上げようと思っても、なかなか立ち上げ後、軌道に乗らないと思う。
というのも、アクセス数を稼ぐサイト資産を持っていない場合は、そこからの流入が見込めないからだ。同時に被リンクが獲得できないということはSEO的にも不利だ。
なので、純粋に良質コンテンツを作っていたとしても、そのコンテンツが認知されるまでに非常に多くの時間がかかってしまうというのは言わずもがな。
良質なコンテンツを沢山投稿するというのは非常にランニングコストがかかる作業であるが、立ち上げ後しばらくは元が取れない。
サイト資産を持っておらず、ランニングコストがかかるという2点において、新規立ち上げは難しいのだ。
2010年度入学AO1期、書類審査の結果発表が9月17日にあった。
合格発表の日が近づくにつれ、自信がなくなり、当日はなにも手につかないくらいに落ち着きがなかった。
あいにく発表の時(4時~5時前)には予備校へ行っていた為、居合わせる事が出来なかったが、親が確認していた為、夜に報告を受けた。
結果は、1次不合格ということで、2次の面接にはいけないこととなった。
個人的には、自分が落ちるわけないという自信があった。帰り道に面接で使えそうな本を何冊か買っているほどだ。ぶっちゃけ、自分を入学させないことは学部の損であるとさえ思っていた。
何を評価されたのか、されなかったのかというのがわからないため、何とも言えない。
ただただ、とても残念だ。
何もかもやる気が失せたが、1日使って、テレビやゲームをして、グダったら何とか気持ちを切り替えられた。
受ける前にも思っていた事は今でも変わっていない。
悔いは残ってない。自分の過去を振り返るには良い機会だったんじゃないかと思う。
将来何がやりたいのかというのも明確に出来た。これで、書類で落ちたとしてもしょうがないと思う。
ただ、自分のやってきたことに自信が持てたし、決して一般の勉強をしなかった分、損をしたとは思わない。
実際、書類で落とされてしまう結果となったが、悔いは無いし、ムダだとは思ってない。
「一般で入れる奴をAOの枠を使って入学させる必要は無い」、と相手が判断したと考える事で気持ちを一般に入れ替え、明日から本気出す。
今まで失敗、挫折を経験したことのない自分にとっては良い薬になった。ナメ腐った根性たたき直して頑張る。
今回、書いた書類一式は僕の受験が終わったら公開しようと思う。
SFCで、AO入試が行われている事実を知る。
それからAO入試を受けるために、SFCの授業やらをネットで調べたり、SFC GCで実際に受けてみたりして自分に合っているな、と強く思うようになった。最難関AOという書き込みをネット上で見かけたが、倍率は一般受験とほぼ変わらない5倍程度だし、受けてみる価値はあるだろうと思った。
そして7月31日オープンキャンパスへと行って、AO受験を決意した。提出2週間前の事である。
その次の日から一般の勉強はやめて、AOの為に準備を重ねた。
何を書いて良いのかわからず、書くことになりそうな本をひたすらに読み、Eラーニングを題材に書こうと決める。
従来のEラーニングの問題を把握しその改善案を上げ、発展途上での利用に活路を見いだす内容だった。Z会の添削コースで5回ほど直してもらって、後は自宅にこもって親に相談したり、先輩にメールで相談したり…ほとんど1週間まるまる志望理由書の構想作りになった。
これは1週間前になってから書き始めた。レイアウトは雑誌風にしようと思っていたが、最終的には可読性を求めて、雑誌風から変形させた感じのレイアウトになった。これは比較的、時間がかからなかった部分だ。というのも、自分のPRをひたすらに書いていけばいい。実は、この自己PRは志望理由書を書く前の段階で一通り上げておいたのを流用した。
ちょくちょく進めたが、実はこれが志望理由書の次に大変だったのでは無いかと思う。添付した資料の枚数は数えていないが、100枚程度だろうか。3センチくらいはあったような気がする。自分の成果物をコピーするのだが、これが結構大変。新しくコピー機カラリオを購入して望んだ。
願書やその他の書類の手書きを書き始める。
志望理由書と自由記述は最後まで内容を変えることが出来るように最後に回した。
16日の夜。自由記述スペースを作り、志望理由書を手書きして寝る。自由記述スペースはコピーした紙を貼るという方法だったので、手書きはしなかった。
17日の朝、志望理由書を本書きし提出書類のチェックをして夕方、郵便局へ。
なんとか、予定通りに終了したのだった。
悔いは残ってない。自分の過去を振り返るには良い機会だったんじゃないかと思う。
将来何がやりたいのかというのも明確に出来た。これで、書類で落ちたとしてもしょうがないと思う。
ただ、自分のやってきたことに自信が持てたし、決して一般の勉強をしなかった分、損をしたとは思わない。
余談だが、封筒に入らないかもしれないという懸念はあった。が、なんとか入った。(4つ角をセロテープで補強した)
この文章は提出した直後に書いた物だ。結果が出た後に書いた物はこちらにある。
今、実況中継が行われるTV(主にスポーツ)ではデータ解説があふれている。
「今日このバッターは誕生日です。」とか「連続安打更新中です。」とかだ。
後者はともかく、前者は全くいらない情報。
そこで、なにも知らない人が実況する事の面白さというものを提案したいと思う。
以下がその条件
こんな感じ。
ようは、はじめて見る映像に対して見てる人と同じくらいの前提知識だけで解説に望むということ。(映画とかでも先の展開がわからず、はじめて見る人と同じように興奮する。)
その時に、ずっと無理してしゃべり続けないで、映像自信が語る言葉を聞くということ。(ツーアウト満塁での場面とかでは黙っててほしい。その場面が語る。)
ニコニコ動画では既にこういった既存のメディア解説からちょっと離れた感じでやってるところもあるのかな。ゲームの実況とかがその良い例かもしれない。
(写真提供:
photo credit: bionicteaching)

by scottfeldstein
飽くなき探求心から、今まで大人が築いてきたビジネスモデルを破壊するような行動をとることがある。
そんな物が頭の中で占める割合は限りなく小さく僕らの行動を抑制するのには非力すぎるのだ。
ただ、その破壊的行動は自己中心的な欲望のみで形成される訳では決してない。
自分の欲求だけを満たせば満足するといった単純な物ではないためだ。
何かが見えない、その知らない事を明らかにしたい。
そして世界の人々に教えてあげたい。それらがつながったときに探求心が生まれ、そして時に今までの常識を破壊するような行動にでるのだ。
ブログを続ける理由を見つける時、探求心という言葉が重要になってくる気がする
全世界共通で不変な事というのは常に世界が変化するという事だ。
こんな事を言ってもどうにもならないと考える人も居るかもしれないが、これって今のインターネットに代入したときに、大きな意味を持ってくる気がする。
法整備は進まない。議論している課程で議論していた内容が覆されたり状況が変わってしまうのだからしょうがない。
ダウンロード文化の浸透。すべてのデジタルコンテンツは無料で入手できるようになったと考える若者内で広まる心。ただ、その心も変わりつつある。いつでもダウンロードできると考えることで無差別的なダウンロードをしなくなっている。いわばクラウドを自分の安全なHDDと考えている。
無料というビジネスモデルの破壊。Googleが好んで打ち出すコンテンツ無料という概念。無料で提供されてしまった商品が乗っかっている分野ではGoogleに対抗する唯一の手段が無料サービスに追随することになってしまった。コンテンツ自体ではなく広告から収益を上げる事に成功している事を考えれば、いわばGoogleの独壇場だ。ただ、この構図ももしかしたら政府の力によって崩されるかもしれない。今年のアメリカ政府に注目してみると良い。

by Yodel Anecdotal
この素晴らしき世界: Googleはどこまでオフラインに対応するのか?という記事を読んで反射ポストをしてみる。
Wataru氏はGoogle Gearsによって推し進められているオフライン化に注目して、今後のオフライン化はどのような方向性で進むのか考察している。
Google SiteのGears対応については同感だ。WordPress等では既に使えるレベルまできているので、Google Siteでも利用可能にするのは難しいことではない。 (( ちなみに、Google Readerがオフライン化されるのではないかとも提案しているが、これは既にGearsによって実現されている。 ))
しかし、Bloggerのオフライン化というのには疑問を持った。
ブログを書くのにはネタを集め記事を書き構成したりと、多くの時間を要する。その作業をオフラインでするとどこでも記事が書けるようになるというわけだ。
とある。つまり、Bloggerネットワーク全体のブログをキャッシュ化することでオフライン環境を作り、ネタを集める事(つまりはネットサーフィン)を可能にしようという壮大な考えなのだろう…
確かにどこでも記事が書けるようになるが、他のサービスが自分のみがコンテンツを追加するのにたいして、Bloggerネットーワークでは他のユーザーも居る。キャッシュの量は膨大になるだろうし、情報は常に変わるので結局、毎日Bloggerネットーワークと同期を取らないと情報が使い物にならない気がする。
僕はむしろGoogleはオフライン化を推し進めているというよりは、オンライン化を推し進めているような気がしてならない。つまり、すべての場所からWifiなどでネットワークにアクセス可能にしようとしているのではないかということだ。1
オフライン化に一部手を出しているのは、インフラ的な意味でオンライン化が間に合わないので、暫定的に疑似オンライン環境を作ってあげているのだけなのだ。
本当にネット環境が整えば2 、PCの内部にHDDなんていらない。現行のネットブックが打ち出す、「モバイルノート+イーモバイル+オンラインクラウド」で十分すぎるのだ。
いったんユーザーをオンライン環境に持ってこれれば、Googleの勝ちだ。ほとんどどこへ行ってもGoogleが追っかけてくるだろう。3

by Commodore Gandalf Cunningham
学校ってなんなんだろうって考えたときに、まず始めに同年代の人間がひとつの場所に集まってきて同じ活動を要求されるわけなんだと思うんだけど、その中のキーワードにコミュニケーションという物がある気がする。
他人に興味を持つと言うことは良いことだ。それはコミュニケーションの機会が増えるということにつながるだろう。
ただ、そのコミュニケーションにも質の違いがある。不特定多数の人間と無差別的にコミュニケーションを図ろうとしている場合、今までの人生の中で全く知り得なかった人間が出てきたりする雑多な空間であるからこそ生まれるコミュニケーションを得られる可能性がある。
雑多な物、粒の大きさが違う石を排除した空間。それが学校ではないだろうか。
図書館に目を当ててみよう。区立の図書館などでは1日中新聞のコーナーに居座り続けている人がいたりと、とてもおもしろい(僕はこういう人に声をかけたがる)しかし、学校の図書館は基本的に学園内に侵入を許された、いわば身分の証明された人だけが居る。言い換えれば入学というふるいにかけられた粒の大きさが大体同じ人間がいるのだ。つまり大体、同級生は自分と同じ人間だと捉えることが出来る。学校はあえて外部の人間には解放しないで内部の人間だけに使わせているのだ。
一方で学生は年代がある程度離れていたり、さっきのような区立図書館の中の異色な人から刺激を受けて燃える事が多いと思う。大体同じような生活を送ってきた学園内の人間には生まれないような価値観を持った人間からの方が学ぶ要素が多いことを知るからだろう。
学校の図書館が雑多な物を排除しているという現状から考えると、学校にかよっている間はそういった刺激をうけすぎないように自らコントロールするべきなのだろう。学校がそれを望んでいるということだ。学校が考えてきた長年正しく成長させる方法というのに背いてしまうというのは危険な事なのかもしれない。